第5章 今後の課題


3.ブーメランのごとくに
佛教大学教授
白石 克己
   学生が卒業論文のためにエル・ネットを受信している大阪の会場をいくつか訪ねた。なかにはテレビをつけているだけ、テレビの前で立ち止まる人が時折、いるだけの会場があった。職員にエル・ネットの実態を尋ねたが関心がないようで、学生のほうが説明役に回ったとのことだった。これは極小の事実で一般化はできない。積極的に利用している事例はいくらでもある。
 ただ、ここに課題がある。実施者が川上から情報を流しても川下にたどり着くとは限らない。川下の実態に従って川上は仕事を修正しなければならない。とりわけ川下の実態が見えない遠隔教育はこの点に課題がある。結論をいえば、「オープンカレッジ」の課題はブーメランのごとくフィードバックする学習支援である。
学習者という「風」を正しく読み、学習の成功が得られるように支援することである。学習者にも課題はあるが、ここでは、実施者側の課題を経験的に述べることにする。
 第1に、教材の質を高めることである。現状ではまだ大学の講座をエル・ネットで提供すること自体に力点がある。佛教大学の3年間の経験だけでも放送から放送される内容の質に移っていった。
 大学教員は教科書はともかく、遠隔教育用映像教材の作成にはほとんどノウハウをもっていない。FDが導入されてはいるが、ほとんど対面教育である。かりに教室での講義が魅力的であっても、それをそのまま映像化しても「面白くて為になる」教材とはならない。近年の受講者は目が肥えている。NHKの大学レベルの講座や特集、民放のドキュメンタリ番組などは視聴者のニーズに応えるさまざまな工夫をしている。文献では得られない事実の収集、問題の発見などが可能である。放送大学の番組やCSによる有料の学習講座も工夫している。こうした講座をライバルとして「面白くて為になる」番組の制作が必要である。「安かろう、難しかろう」ではすまない。
 第2に、そのためには番組制作にさまざまな人材を結集することである。教材づくりには印刷教材(教科書)だけでも教員個人には限界がある。読者を知っている編集者の助言は欠かせない。まして映像教材である。大学はそのための「学習する組織」となり、組織的に研究・開発を続ける必要がある。
 私の経験を述べよう。佛教大学で大学通信教育を学びはじめた学生に自立学習のノウハウを伝えるビデオ教材を制作した。その過程で私は教材内容の研究者とともに、制作会社のヴィジュアル・コーディネーターとシナリオ・ライターと相談した。できた台本−映像イメージ案はディレクター(演出家)に伝え、出演者(俳優・声優など)を決めた。撮影にはコーディネーター・研究者・演出家はもちろん、カメラマン・音声などの技術スタッフが加わった。できた仮編集版を学生と日々接触している事務職員に検討してもらう。さらには、作曲家・演奏家にバックに流れる音楽を作ってもらう。こうした制作は機械的な流れ作業とは異なり、スイッチバックのように、錯綜しながら進んだ。
 番組はこのようにさまざまな専門家がクルーを形成して進むべきである。この点は、遠隔教育のリーダーで、オックスブリッジと比肩できる高い評価が与えられている、イギリスのOU(公開大学)の教訓でもある。OUは設立当初の印刷教材の制作時から専門の研究者だけではなく、教育工学の専門家、出版編集者、図書館関係者、学習指導にあたるチューターなどでコースチームを作った。ビデオやデジタル教材の制作ではさらに、テレビ製作者、ソフトウェア設計者、グラフィックス設計者のほか外部評価委員なども加えて教材の改善に努めている。
 第3に、放送番組と対面教育(講義、演習、話し合い、実習など)とを連携していくことである。アメリカにおけるeラーニングの成功例が喧伝されてきたが、しばしば教室での対面教育とセットになっている。遠隔式と対面式とのブレッデッド・ラーニングである。個人学習と集合学習との組み合わせである。日本の企業でも集合研修をやめて、遠隔講座を実施しているわけではない。対面教育と協働する必要は大学通信教育でのスクーリング(面接授業・面接指導)の重要性が立証している。もともと対面によるコミュニケーションは音声や文字だけでなく、生身の講師のジェスチャー・顔の表情・アイコンタクトなど多彩の情報を学習者に伝えることができる。それだけに、学ぶ側の解釈の振り幅も豊かになるのである。
 とくに、エル・ネットでは共同視聴が多いのであるから、放送と対面教育との連携は必要であるだけではなく、可能である。本年度のハワイマラソンの中継もその前に健康やスポーツについての授業があったと聞く。私ども佛教大学でもEメールによる相互交流とともに、現地で学習者に授業や質疑応答を実施した。また、先の映像教材でも教室での質疑応答の場面やスクーリングでの授業が好評であった。遠隔教育は在宅学習を前提にするだけに、教室での講義、対談・インタビュー、シチュエーション・ドラマなどの映像も取り込めば「臨場感」をもって講師の話や学友の声を聞くことができるのである。
 しかも、会場となる公民館などでは学級・講座の実績があるのであるから、これにふさわしい講座の利用、こうした利用を前提にした番組の制作が大学側に求められる。また、こうして新たに学縁づくりをしていくこともできる。 かつての地縁や社縁に由来する仲間づくりは限界にきているからである。そのためには、エル・ネットを介した学縁づくりのコーディネーターが求められる。職員やボランティアの方がコーディネーターとなれば「オープンカレッジ」はブーメランのごとく活用できる。