第5章 今後の課題


2.遠隔教育番組制作の高度化支援について
国立教育政策研究所教育研究情報センター長
清水 康敬
  1.はじめに
     eラーニングによる遠隔教育が注目されている。衛星通信やインターネットなどの情報通信ネットワークの高度化と普及によって、従来とは異なる形態の学習が可能となったためである。また、学習者の主体的学習が特に重要になってきたことが大きく関係している。
 米国をはじめとする諸外国では、eラーニングは大学教育や生涯学習における効果的な手段として実施されている。ただし、eラーニングの先進国である米国においても失敗するところが出ており、eラーニングの勝ち組と負け組が決まりつつある。そのため、既に中止したり、見直しの必要性に迫られているところがある。eラーニングが思ったほど効果が上がらないとか、開発費や著作権契約に経費がかかり過ぎるとか、期待したほど学習者が集まらないとか、種々の理由が挙げられている。しかも、多額の費用を回収することなしに撤退せざるを得ない状況である。もちろん、eラーニングを導入して成功している大学や企業も多くある。これらは、失敗しないだけの十分なニーズ調査や組織的な企画、開発、実施、評価を実施していることが鍵となっている。
 このようなことから、我が国おける遠隔教育を発展させるためのノウハウを蓄積し、それを下にした番組制作に対する支援体制の確立が重要である。

  2.成功のためのインストラクショナル・デザイン
    衛星通信やeラーニングによって教育を実施する場合、幅広い観点から教育を企画運営することが成功の鍵となる。そして、遠隔教育番組を企画、設計、運用する際に、インストラクショナル・デザインに関する知識やスキルが不可欠となる。インストラクショナル・デザインは以前から米国等では大学でも企業でも定着しており、それを専門とするインストラクショナル・デザイナーが大勢居る。そして、eラーニングを行う教官などと教育工学の専門家が連携して、優れたコース開発を行い学生とのコミュニケーションを豊かにし、効果を上げている。
しかし、我が国の大学等では、メディアを利用した遠隔教育を効果的に実施するための支援体制ができていない。また、インストラクショナル・デザインを十分に理解した人材がほとんどいないことから、このような人材を育成する必要がある。また、大学等がオンライン教育を実施する際にサポートする組織的な体制作りが必要である。したがって、我が国における遠隔教育やeラーニングを検討する際に、今後はインストラクショナル・デザインが重要な意味を持っていると考えられる。
尚、米国においてインストラクショナル・デザインの重要性が注目されたのは、15年も前のことである。別な言い方をすれば、メディアを活用した教育をシステム的に企画、実施、評価することについては、我が国は米国に比べて15年遅れたことを意味している。eラーニングや新しい時代の生涯学習を考える際に、インストラクショナル・デザインの考え方をここで採り入れることが急務であると思う。

  3.インストラクショナル・デザインの手順
     インストラクショナル・デザインとは、代表的な手順を示すように、実施する教育をシステム的に企画、設計、開発、実施、評価のフェーズを踏んで実施する手法である。

 分析 Analysis
 設計 Design
 開発 Development
 実施 Implementation
 評価 Evaluation

 ただし、インストラクショナル・デザインのステップはそれぞれの大学や企業の教育実施に合わせて独自のフェーズを決めている。
 また、「分析から始まり評価で終る」という直接的なフェーズが多いが、評価の後に分析に戻るループとなっているものもある。その場合はインストラクショナル・デザインの手法を繰返し採ることが大切であるとの考えによっている。日本の場合、コンテンツ制作に重点を置くコース開発が重要であることから、評価から分析へ戻るフィードバックが重要である。よりよい遠隔教育を実施するためには、このループを確実に生かした実践と改良の繰り返しが必要である。

  4.遠隔教育実施に対する支援体制
     前述したように、米国等の大学にはより効果的な遠隔教育を実施するための支援人材としてインストラクショナル・デザイナーを置いているところが多い。そして、講義内容に関する教員をサポートしてより優れたコース開発を行っている。しかし、我が国の大学にそのような体制ができておらず、今後もできるような状況にはない。
 そこで、遠隔教育のコースを開発する場合にその企画から制作、評価をマネージメントする専門家を養成し、大学等の要請に基づいてコース開発に関する支援体制を確立する必要がある。
 この場合は、従来から米国で実施してきたインストラクショナル・デザイナーの能力と、開発プロジェクトを推進する能力を兼ね備えた人材が重要な位置づけとなる。そして、最初にニーズ分析のフェーズとして、目標分析、学習者分析、タスク分析を実施し、設計フェーズとして学習目標の設定と達成度を測る評価法を決定し、学習項目を抽出してコースを設計する。そして、その開発を行い、体制を確立した上で実施する。さらに教育効果の評価を行い、改良に努める際に具体的に支援する体制の確立が望まれる。