.委員による提言

3.生涯学習社会における学習コンテンツ共有再利用・流通インフラの構築
山田 恒夫

1. 問題の所在 −近未来の想定事例−
   ITの浸透によって教育分野も大きく変容しつつある。ITはこれまで理想でしかなかったものを現実化しつつある。いつでもどこでも学習できる、個人にあった学習コースをカスタマイズできる、といったことは、従来の教育システムではごく限られた人々にしか許されなかったことである。ところが、ITによってこれが現実味を帯び、生涯学習社会の形成を促進することを予見させる。その一方で、ITのさらなる発展も含め、今後解決しなければならない問題も多々存在する。その1つが、高品質な学習コンテンツの蓄積という課題である。いつでもどこでも学習するためには、そのときどきの学習環境に応じて学習コンテンツが提供されなくてはならない。多様な背景や習得段階にある学習者に対し、最適な学習コンテンツが供給されなくてはならない。日本の現在は、多様な学習コンテンツのニーズが爆発寸前という段階といえる。本項では、「限られた財政的・人的資源の下で、高品質の学習コンテンツを持続的に開発するにはどうすればよいか−コンテンツに対するニーズへの対処―」、「学習コンテンツの効率的開発利用および流通に必要なインフラとは何か−コンテンツの増大に対する対処―」について考察してみたい。
   
2. 学習オブジェクト −コンテンツに対するニーズへの対処―
   生涯学習において、学習者それぞれの特性や学習環境にあわせた学習コンテンツを用意することは、ITによって初めて実現できることである。しかし、個人や機関が、限られた資源の下で、多様な学習コンテンツを持続的に開発することには限界がある。その1つの解決策が学習オブジェクト(Learning Object、LO)の共有再利用である。LOの定義については、完全な一致を見ているわけではないが、Webに展開された電子教材・素材であること、共有・再利用を目的とすること、ある程度の単位に分解することで文脈依存性を減じさせようとすること、メタデータを付加し検索を容易にすること、素材や小品でも登録可能で個人でも開発できること、LOMやSCORMなどの国際標準に対応しようとすることなどの特徴を有する。よく使われる比喩は積み木やブロック玩具である。ひとまとまりの目的と内容をもった単位にわけて素材型の教材を開発しておき(立方体や円柱など、さまざまな形状をした「積み木」の部品)、個々の学習の状況に応じて最適な構成要素を選択し、柔軟なコース(「積み木」の作品)を開発するというものである。コース全体(コースウエア)を開発するのは時間も手間もかかる。しかし、ITを用いるメリットが学習過程の最適化にあるのなら、コースウエアが硬直したものであってはならない。そこで、コースを規格化された部品から構成し、部品の交換再構成を可能とすることで、再利用や共有を容易にする。これによって、バージョンアップやバリエーションも容易に実現できるし(再利用)、もともと開発されたコース以外での利用にも道を拓く(共有)。また、コースウエアと比較すると、部品に対応する学習オブジェクトの開発はまとまった資金も必要とせず、教員や学習者が質の高いコンテンツを開発する可能性を予見させる。こうした学習オブジェクトの特色は、科目やコースが多様で、その多くはまとまった組織や資金による開発が期待できない、生涯学習における学習コンテンツ開発に適したものといえる。生涯学習はまた、自治体やNPOなどの非営利団体により運営される場合も多く、共有再利用というコンセプトに親和性が高いと予想される(注)
   
3. メタデータ −コンテンツの増大に対する対処1―
   学習コンテンツの目標は、それを開発し蓄積するだけでは十分とはいえない。本当に必要とする教員や学習者に見出され活用されることによって最終的にその目的が達成される。学習オブジェクトでは、教員や学習者が必要とするコンテンツに効率的に容易に到達できる仕組みとして、メタデータ(検索項目情報)を付与することとしている。メタデータには複数の国際標準があるが、IEEEによるLOM(learning Object Metadata) v1.0はその代表的なものである。IEEE-LOM v1.0では、メタデータ項目は、General、Lifecycle、Meta-Metadata、Technical、Rights、Relation、Annotation、Classificationの8カテゴリーで分類される。これは、学習オブジェクトという教材を対象にしたメタデータであり、教育利用の観点から項目が設定されている。たとえば、Rightsカテゴリーでは知的財産権など権利関係が、Annotationカテゴリーでは教育利用に関するコメントなどが記載される。なお、必須項目はその一部であり、すべての事項を使用することを強制するものではなく、利用者による拡張を許容している。このような検索項目を活用することで、教員や学習者は多数の学習オブジェクトの中から、自身の条件に合致するものを効率的に見つけ出すことができる。一方、開発者は、自身の学習オブジェクトをより多くの人に参照してもらえるのである。
   
4. レポジトリーとレファラトリー −コンテンツの増大に対する対処2―
   コンテンツの再利用や流通を促進するためには、コンテンツやメタデータを収集蓄積し、利用者が見出しやすい仕掛けを作る必要がある。また、コンテンツやメタデータの数が限られた状態であれば、コンテンツ開発者がその普及促進にも十分な配慮を行なうことが可能であるが、数量が多くなると、開発と流通は分業化したほうが効率的である。このため、学習コンテンツの蓄積(「レポジトリー」)や、メタデータ(検索項目情報)の管理蓄積(「レファラトリー」)を目的とする機関も出現した。すでに北米、欧州、大洋州では、学習オブジェクトなど共有再利用可能な電子教材の蓄積・流通を目的とするコンソーシアムが形成され、Web上でレポジトリーやレファラトリーが構築運用されている。海外の代表的な電子教材共有再利用コンソーシアムとしては、北米のThe Multimedia Educational Resource for Learning and Online Teaching (MERLOT、米国およびカナダ) 、EduSource Canada (カナダ)、Gateway to Educational Materials (GEM、米国)、Campus Alberta Repository of Educational Objects (CAREO、カナダ) 、Co-operative Learning Object Exchange (CLOE、カナダ)、欧州のAlliance of Remote Instructional Authoring & Distribution Networks for Europe (ARIADNE、EU) 、UNIVERSAL (EU)、大洋州のEdNA Online (オーストラリア)、アジアのLRC (Universitas 21、中国・香港) などがある。レポジトリー型の機関としてARIADNE、レファラトリー型の機関としてはMERLOTが代表的である。こうした機関の中には、すでにそれぞれの地域や国を越えて国際的な性格を有するものも少なくなく、すでに国際共有や国際流通が始まっている。その重要なサービスとしてFederated Searchがある。これは、複数のレファラトリーを横断的に検索して、検索結果を1つにまとめて表示する技術を基にしている。コンテンツやメタデータを1箇所に集中して管理することは、著作権等さまざまな制約から困難な場合も多い。電子教材共有再利用コンソーシアム間の連携を考える場合、それぞれが管理するメタデータを一括して検索するサービスができれば、それは利用者にとって大きな利便となる。一方、国内においても、いくつかの試みが始まった。IT教育支援協議会(http://www.nime.ac.jp/IT-council/)、私立大学情報教育協会「サイバー・キャンパス・コンソーシアム」などはその例である。独立行政法人メディア教育開発センター(NIME)では、その研究開発部において、学習オブジェクトの開発・流通・評価に関する研究を進める一方、普及促進部において、総合サイトを運用し、教育情報ナショナルセンター(NICER、http://www.nicer.go.jp/)など国内機関との連携を深めてきた。そして、2005年からは新たに次世代情報サイトNIME-GLAD(Gateway for Learning and Ability Development)を公開し、そのミッションの1つとして、大学等機関の「レポジトリー」の構築運用やこうした「レポジトリー」間の連携を促進支援する計画である。
   
5. 国際連携にむけて
   グローバル知識基盤型社会への貢献という観点から、日本のコンテンツ開発をながめるとき、国外からのニーズがあり国際競争力があるコンテンツとは、世界最先端の学術・科学技術分野があるのは論を待たないが、日本固有の文化や日本語に関連するコンテンツにも豊かな可能性がある。生涯学習の対象には、民俗や伝統産業の育成など、こうした分野に関するものも少なくなく、潜在的な国際競争力を有するものが少なくないと考えられる。こうしたコンテンツを世界に発信し、潜在的なニーズを活性化することも重要である。その際、共有再利用や流通を促進させるものとして、国際標準への対応は不可欠といえる。国や地域ごとに、特殊なメタデータシステムを採用したり、特殊なプラットフォームでしか動作しないコンテンツを開発したのでは、優れた内容であっても、普及は困難である。このため、IEEE、IMS、ADLなどの国際標準化に関係する団体との意見交換を進めるとともに、LOM、SCORM、CORDRAなどの国際標準を積極的に検討していく必要がある。2004年9月、こうした問題解決を全地球的な規模で推進するため、世界の5つの地域の学習コンテンツ共有再利用コンソーシアムおよび国立中核機関、すなわち、ARIADNE(EU)、education.au limited−EdNA Online(オーストラリア)、EduSourceCanada(カナダ)、MERLOT(米国)、独立行政法人メディア教育開発センター(日本)が連携し、学習コンテンツ共有再利用のための国際ネットワーク「GLOBE(Global Learning Object Brokered Exchange)」を結成した。参加機関は学習コンテンツに関する検索項目情報を共有し、利用者がそれぞれの地域を越えて全世界から必要なコンテンツ情報を横断的に検索できるサービスを実現すべく検討を開始した。今後試験運用を通じ、各地域のニーズを集約し、教育/学習支援ツールの相互利用など、さまざまなサービスの共通化を検討することとなっている。GLOBE幹事会では現在、より多くの機関が参加するための枠組みとガイドラインの作成を行なっており、2007年までに公開することとしている。
 こうした全世界的な学習コンテンツ共有再利用インフラによって、各国のe-Learningコースや学習コンテンツの相互利用が促進されれば、生涯学習の内容はより豊かなものになると期待される。

(注)学習オブジェクトの共有は、必ずしも無償提供を意味しない。IEEE-LOMのRights項目には権利者ばかりでなく、許諾条件を記載することができる。教材開発は教育サービスの一つであり、教育ビジネスであるという側面をもつ。そして、電子教材デジタル学習コンテンツが絶対的に不足しているという現状において、有料コンテンツと無償コンテンツを区別することは生産的でない。こうした状況においては、価格や許諾条件も含む教材情報が提供され、市場の選択に委ねるのが妥当である。権利者と利用者の立場は異なり、また権利者の意向も多様である。権利者のさまざまな意向を尊重しつつ、学習コンテンツがより多くの人に周知され、学習者が自分に最適な教材を容易に見出せるシステムを実現することが有用といえる。