. 委員による提言

2.最新メディアの活用と生涯学習
浅井 経子

はじめに −情報化とこれからの社会−


 情報化の進展は社会の変化をさらに加速させている。変化の激しい社会にあっては、構成的な手法(constructive method)あるいは構成的アプローチ(constructive approach)を使って考えたり行動したりすることが適しているように思われる。もちろん、構成的な手法あるいは構成的アプローチといってもいくつかの意味で使われており、その概念は確立されているとはいいがたい(1)。ここでは、環境と相互作用しながら手を加えたり修正したりして、いわばボトムアップ式にものごとをつくっていく方法という意味で使うことにする。たとえば社会生活でいえば、完成されたルールや法律をまずつくり、その下で安定した生活を営むといった方法ではなく、ルールや法律をつくりながら生活し、生活しながらルールや法律をつくるといった方法である。

 学問の世界でもシミュレーション研究が盛んに行われるようになり、これまでの仮説−演繹型の手法から、仮想世界にモデルをつくりその振る舞いからものごとの本質に迫ろうとする構成的な手法へと方法論がシフトする領域もみられるようになった。

 そこで、ここでも構成的な見方・手法を視野に入れてメディア活用の可能性と課題について検討することにしよう。なお、複雑な社会では、構成的な見方や手法が導入できる領域は特定の領域に限られるものではなく、何層にも重なって階層をなしていると考えることができる。ここでも2つの領域で使うことにする。

1.学習活動を支援するメディア活用−実験の成果等から−

 
 情報機器の多くは学習を目的として開発されたものではないが、使い方次第で学習活動をより自由にするツールとして活用できるので、まずはその可能性について考えてみよう。その場合、メディアには多種多様なものがあるし、学習場面での活用にはいろいろなタイプが考えられるが(2)、ここでは本調査研究で取り上げたモバイル系のメディアやテレビ会議システムを中心として、野外等での取材やコンテンツ素材収集ツール、発信・交流ツール、協調学習とコミュニケーションのためのツールとしての活用について検討することにしよう。

 まずであるが、屋内外どこでも手軽に持ち運びできるモバイル系のカメラでコンテンツ素材を収集したり蓄積したりすることができれば、観察したり感じたり思考したことを新鮮なまま保存し伝えることができる。技術の日進月歩により、今やだれもがいつでも、そしてどこでもコンテンツを作成・蓄積・発信できるようになった。

 より優れたコンテンツを作成するために求められているのは、高画質の映像、動画、画像と音声の一体的処理などの機能であろう。また、一度作成したコンテンツを自由に修正できるかどうかも、重要な要素である。さらに、コンテンツを保存するために大容量であることが望まれるし、コンテンツ作成のための編集機能も必要である。

 に関しては、メディアを活用して、情報や作成したコンテンツ等を発信したり、それを通して交流したりすることである。手軽に発信・交流が可能になれば、学習者同士互いに刺激し合うことができ、視野を広めるのに役立つに違いない。また、それはネット・コミュニティをつくることにも貢献するであろう。

 その場合に、メディアに求められる機能として、操作が簡単であることはもちろんのこと、情報交換したり交流したりする際の感情の自然なかたちでの伝達機能があげられる。対面での情報交換や交流では、ことばや身振り手振りで微妙な感情を表現することができる。しかし、メディアを媒介させた途端、微妙な感情が伝わらず、関係がぎくしゃくしてしまうことは多くの人が経験していることである。例えば、eメールでも絵文字や顔文字を活用するだけで複雑な感情の揺れを伝えることができる。自然体に近い交流を可能にするメディアの開発が望まれる。

 の場合も同様、自然なコミュニケーションを可能にする機能の開発が必要のように思われる。またそのことにも関わるが、日本人のコミュニケーションの場合、間が重要な意味を持つので、微妙な間の取り方が可能なメディアの開発が望まれる。それらの理由については次の2で述べることにしよう。
2.協調学習のためのメディア活用と構成的手法

   協調学習のメカニズムについてはまだわからないことが多く、それだけに可能性も大きいように思われる。メディアが学習の効率をあげるツールとしての意味をもつにすぎないのであれば便利さを追求すればよいが、多様な人々のコミュニケーションや新たなコミュニティの形成を可能にするのであれば、その意味は格段に違ってくるであろう。多様な人々が相互作用することによって、学習を深め、新たな価値を生み出す可能性があるからである。

 そのような学習と創造の過程では相互作用と内省が繰り返され、それはまさに構成的な手法に基づく過程ということができるように思われる。具体的にいえば、参加する人々は、互いにさまざまな情報、考え方などを出し合い、絶えず自己の認識や考えを修正し、同時に共同で行う作業についても絶えずアイディアを出しながら修正を繰り返すことになる。

 その繰り返しがスムースに運ぶように、上述したように、自然に近いかたちのコミュニケーションを可能ならしめるメディアが求められるのである。創造的な作業はゴールが予測不可能なため、基本的なルールはあるにしても、従来型の筋書きやシナリオをつくってその下で行う作業とは異なるのである。コミュニケーションに不自然さがあると、関心はそちらに向いてしまい、創造的な作業は難しくなる。しかし、メディアの実態は、そのような自然に近いコミュニケーションを可能にするには、まだほど遠いというのが正直のところであろう。
おわりに

 情報社会の中での生涯学習の一層の進行を図るためには、今後も実験・開発的な研究を進め、学習におけるメディア活用の可能性を探る努力が必要のように思われる。それは、同時に学習活動に合ったツールの開発に寄与することにもなろう。学習場面でモデル的にメディアを使い、その成果と課題をメディア開発やメディア活用の学習にフィードバックさせ、また開発された新しいメディアを使ってモデル的な実験を行い、そのような繰り返しを重ねることができれば、それは構成的な手法を用いた開発ということになるであろう。

 また、その際には多様なメディアやツールを複合的に活用することも必要なように思われる。たとえば、今回の実験では行うことができなかったが、分散編集の機能等を有したグループウェアや合意形成を促進する意志決定支援グループウェア、発散的思考支援ツール、収束的思考支援ツール、統合型思考支援ツールなどの協調作業を支援するツール(3)を併せて活用することも今後検討してみてはどうであろうか。
 
(1)構成的な手法の代表的な例として、時空カオスに対するCML(Coupled Map Lattice)がある。ただし、構成的な手法の手続きおよび科学的妥当性についてはなお検討を要するように思われる。例えば、そのルーツあるいは関連領域の指摘にしてもさまざまで、工学、現象学、ピアジェ等の心理学など多岐にわたっている。金子邦彦、津田一郎『複雑系のカオス的シナリオ』朝倉書店、平成8年、金子邦彦、池上高志『複雑系の進化的シナリオ』朝倉書店、平成10年、井庭崇、福原義久『複雑系入門』
NTT出版、平成10年、森田正康『eラーニングの<常識>』朝日新聞社、平成14年、などを参照のこと。

(2)メディアを活用した学習をタイプ分けすると、現状では、情報・知識習得型、シミュレーション型、コミュニケーション型、表現型、診断活用型に大別でき、さらにこれらの組み合わせがあると考えられる。これらのタイプは次のようになっている。
<情報・知識習得型の学習>
 新しい情報・知識を身につけるための学習である。例えば、インターネットで調べたり、遠隔講座を受講したりすることなどがあげられる。
<シミュレーション型の学習>
 シミュレーション・ゲーム教材を使った問題解決学習やバーチャル・リアリティなどを使った疑似体験学習などがあげられる。
<コミュニケーション型の学習>
 掲示板や電子会議室やeメールを使って意見を交換したり、議論したり、相談したりしながら行う学習である。コミュニケーションは情報・知識獲得の手段として意味があるばかりでなく、人間同士の紐帯の強化や、刺激し合うことによる思考の深化を可能にするところに教育・学習上の意味がある。ITを活用すれば、それだけ多様な考え方や異質の文化をもった学習者が出会うことができるので、より大きな学習効果が期待できる。
<表現型の学習>
 デジタル作品を作成し、ネット上に発信する学習である。学習成果を生かしてデジタル作品を創ったり、創作活動を行う中で学習したりする。学習者が遠隔講座の講師となって情報・知識を加工、発信し、またその中で行う学習もこのタイプに含まれるものとする。
<診断活用型の学習>
 eラーニング・システムにみられるように、テストや自己診断を行ったりしながら知識・技術の定着を図る学習である。なお、この診断活用型の学習は知識・技術の定着度や理解度をチェックする学習なので、情報・知識習得型に含めることもできるであろう。拙稿「コンテンツの作成と協調学習の可能性」井内慶次郎監修 山本恒夫、浅井経子、伊藤康志編著『生涯学習 eソサエティ ハンドブック』文憲堂、平成16年4月刊行予定を参照のこと。

(3)垂水浩幸『グループウェアとその応用』共立出版、平成12年、71〜72頁、國藤進編『知的グループウェアによるナレッジマネジメント』日科技連、2001年、20頁、30頁、127〜137頁などを参照のこと。