. 海外訪問調査

英国調査報告
渋谷 英章

1.National Institute of Adult Continuing Education(NIACE―全国成人継続教育研究所)

〔訪問日〕2004年3月1日
〔面談者〕Mr. Alan Clarke, Senior Developmen Officer, ICT and Learning


 NIACE(写真1)は、イングランドとウェールズを対象とする成人学習の推進に貢献する非政府機関である。「イングランドとウェールズにおいて、フォーマルそしてインフ ォーマルな学習に取り組む成人学習者の増加を支援するとともに、現状では十分に配慮さ れていないコミュニティに対する学習機会の拡大とアクセスに積極的にかかわる(2)」こと をめざしている。政府や地方行政当局をはじめ、企業や教育・訓練提供機関に対する政策 提言を行うとともに、評価およびモニタリングをはじめとする調査・研究、セミナーの開催や研修の実施などの活動を実施している。さらに、関連機関とのパートナーシップのもとに政府主導のプロジェクトの推進に協力している。

「ICTによる学習」の分野では、ICTは教育・訓練へのアクセスに関して社会的・経済的に不利な状態にある人々が抱える障壁を克服する可能性を持つものであるという考えにもとづき、次のようなプロジェクトを実施している (3)。

(2)NIACE Homepage (http://www.niace.org.uk/images/Leftborder/LatestNews_green.jpg)
(3) 同上(http://www.niace.org.uk)



写真1 
フランス語、ドイツ語などのヨーロッパ言語に加えて中国語、ベンガル語、パンジャブ語などアジアの言語でも標記される「ようこそNIACEへ」の看板(NIACEの所在するLeicesterにはアジア系住民も多い)
(1)DfES Laptop Initiative
DfES(教育技能省)が1500台のラップトップ・コンピュータとプリンタ、スキャナ等のパッケージを地方教育当局とボランティア団体、コミュニティ団体に貸し出すのに際し、NIACEは、学習教材の開発・供給、ディスカッションのための電子メール・グループの開設、研修とネットワーキングのイベントの実施、訪問、利用者に対する調査を実施した。

(2)Information and Learning Technology Audit 2003
Learning and Skills CouncilによるILT実施計画のための調査(インフラストラクチャー、スタッフの養成・研修、学習内容に関する調査)を実施した。

(3)Money Matters To Me
金融保険会社であるPrudentialとソフトウェア会社であるANQとのパートナーシップによる、家計や投資などの知識を獲得することを目的とする学習プロジェクトについて、Prudentialがその資金提供などを、ANQがWebサイトの開発・デザインを分担したのに対し、NIACEはプロジェクトの運営を分担した。

(4)Overcoming social exclusion through online learning
宝くじの収益金を社会的に恵まれない人々の生活向上に貢献する諸団体に配分する基金であるCommunity Fundにより資金が提供されるプロジェクトであり、これらの人々が学習に参加できるような、アクセス、ICT能力、オンライン・コースのデザイン、特別な方法でのオンライン学習の提供、学習の継続、学習スキルズと学習支援が考案されている。

(5)UK Online Branded Centres Initiative
UK Onlineはe―citizenshipそしてe―democracyという考えにもとづいた、民間、図書館と博物館、学校と高等教育機関、ボランティア団体・コミュニティ団体および地方教育当局という分野を横断する学習センターの基準であり、すべての人々がインターネットへのアクセスによる情報の入手や電子メールによる意見の表明や意見交換ができるよう、UK Onlineセンターの指定が行われている。NIACEは、デジタル・ディバイドを解消してすべての人々が活動的な市民となるよう、コミュニティ団体や地方教育当局などにおけるセンターを分担している。

(6)Wireless Outreach Network (WON)
DfESによる1500台のラップトップ・コンピュータのセットの貸し出しが成果をあげていることから、地方教育当局・成人教育部門、継続教育カレッジ、ボランティア団体、コミュニティ団体などに、各団体に7台から25台まで、ワイヤレスでネットワークに接続されるラップトップ・コンピュータの購入資金を配分することになった。NIACEはそれらの申請について2段階の審査を行い、1,198件の申請に対して483件を選抜した。なお、第2段審査の際の評価で、このプロジェクトは将来的におよそ300,000人の学習者にインパクトを与える可能性があることが明らかとなった。また、NIACEはWONの参加者のためにヴァーチャル会議とネットワーキング・サービスを開始した。

Alan Clarke氏によれば、NIACEは政府および関係機関の良きパートナーではあるが、政治的には中立を保っているとのことである。また、社会的に恵まれない人々に重点を置いて活動をしている傾向が強い。成人コミュニティ学習におけるICTの利用に関して、とくに継続教育カレッジに焦点を当てるならば、教員の研修、教材開発、インフラストラクチャーという3つの側面で活動を展開している。

 の教員の研修に関しては、パイロット・プロジェクトが終了したところである。継続教育カレッジの教員数は約49,000人に上り、またそのうち専任は約3,000人に過ぎずおよそ46,000人がパートタイムである。今回のパイロットでは、約500人のシニア・マネージャーを対象に、全体で15回の研修を実施した。シニア・マネージャーは、マネージャーであるとともに教員でもあり平均年齢は40歳代半ばである。ICTについてはほとんど知識がなく、またあまり関心が高くない。研修を受けた教員たちはコンピュータの利用法よりも、自分の担当する授業内容に関連する教材に強い興味を示した。たとえば、フラワー・アレンジメントの教員は、色彩の組み合わせが分かりやすい点や、コンピュータ画面上でのシミュレーションが材料費を節約できることなどに利点を見出したようである。あまり難しくない単純な方法が好まれるようでもある。また、特別な研修として「Web上の探索」や「ロール・プレイ」なども実施された。1回に15人の規模であるので3,000人の専任教員すべてに研修を実施することは難しいので、研修を終えた教員がそれぞれの職場で他の教員に研修内容を伝えるというカスケイド方式での普及が考えられている。

 の教材開発に関しては、「第2言語としての英語」、「財産管理」、「スペイン語」などの教材が開発されている。ただし、「コンピュータで学ぶスポーツと健康」など失敗した教材もある。なお、教材開発についての入札はイングランドに限定されるのではなく、EU諸国すべてに開かれている。

 のインフラストラクチャーに関しては、高等教育機関のブロードバンド・ネットワークとしてJANET(Joint Academic Network)があり、継続教育カレッジにも拡大されている(4)。ただし、加入しているカレッジは約180のうち40〜50程度に過ぎない。学校・大学に比べて、成人コミュニティ学習においてはインフラストラクチャーの整備はまだ十分ではない。

(4) ただし、JANETの経費は256Kで初期費用が4,000ポンド、回線接続料が12,000ポンド、2Mでは各6,000ポンド、250,000ポンド(接続ポイントから40Km以内)と高額である(1ポンド=200円強)。

  また、オンライン学習の修了率は50%以下であり、あまり高くはないという問題があり、ドロップアウト率を下げるためのサポートの必要性が指摘される。また、学習を継続できなかった理由についての経験的研究、インタビューなどによる質的分析などが求められる。継続性という面では、受刑者に対するオンライン学習は修了率が80%と高い。VLE(Virtual Learning Environment)が行政の負担軽減につながることが、もっと認識されて良いであろうとのことであった。

 政府はICTをSkills for Life(生活に必要なスキルズ)と位置づけており、以前は60%の職業にICTスキルズが求められたが、現在では90%にも達している。会社員、公務員だけでなく障害者、高齢者にも求められるスキルズとなっており、その内容も市民性、家庭、教育、仕事、コミュニティなどを含むようになってきている。NVQ(職業資格)と並んでITQ(IT資格)が確立しつつある。