●島根県の事例報告


1)事業の経緯
周知のとおり、遠隔教育は、教育を求める学習者とそれを提供する側との間に介在する時空間的な障害を克服することができる点に特長がある。そのため、高等教育機関が少ない上に、地理的にも東西に長い島根県にとって、遠隔教育(衛星通信)による大学公開講座は特に有効な学習形態と考えられる。
そこで、島根大学では文部省が実施した委嘱事業「通信衛星利用による公民館等の学習機能高度化推進事業」に平成9年度から参画して以来、衛星通信を利用した大学公開講座を継続して実施してきた。その際の基本的な方針は、「地域住民にとって必要性もあり、関心が高く、地域性のある内容で、系統的かつ専門性のある講座」を提供することであり、今回の平成12年度「衛星通信を利用した大学公開講座」も、同様な方針で行うことで決定をみた。
その基本方針をふまえて、講座は、「たたら製鉄と出雲の地域文化(全3回)」とし、山陰地方に古代から伝わる「たたら製鉄」について、「つくる」、「いとなむ」、「いきる」の観点から整理し、生活・文化との関係や、現代の製鉄技術への影響などを探っていった。質疑応答については、講義ごとの質問をFAXで受け、3回目の講義後に1時間の質問コーナーを設けて直接回答することで、これまでと同様、衛星通信の双方向性を重視する方法を継続させた。
さらに、今年度の新たな試みとして、学習メニュー方式を取り入れることにした。これは、遠隔教育のもう一つの特徴である「学習者中心の原理(learner-centred philosophy)」を講座に反映させようとする試みである。遠隔教育は、学習者にできる限り、学習内容と計画・方法などについての選択とコントロールを与えるものと解釈される。このことは、教育・学習活動が、教師主導から学習者主導に転換することを意味する。つまり、今年度は、より学習者の視点に立った講座を目指すことにした。
以上の「地域性」、「学習者の主体性と自己選択」の観点に、これまで島根大学が試行してきた大学と社会教育施設との「連携方式」を組み合わせることにより、本年度の公開講座を、「学習者講座選択タイプ(講座選択型と連携型の併用)」と位置づけ、実験的にすすめていくことにした。具体的な運用体制については、エル・ネット オープンカレッジに参加する4町村(石見町、西郷町、頓原町、匹見町)と島根大学等の担当者および、関係者をもって協議会(島根市町村コミュニティ・カレッジ協議会)を結成し、モデル事業「島根市町村コミュニティ・カレッジ」の実施にあたった。


2)事業の仕組みと特徴
まず、島根コミュニティ・カレッジの実施方法については、以下の方法ですすめていくことが協議会で確認された。
@ エル・ネット オープンカレッジの講座(放送とビデオ)、エル・ネットの家庭教育セミナー(放送とビデオ)、島根大学の公開講座(放送講座と現地への出前講座)でバーチャルなコミュニティ・カレッジの講座体系を構築し、受信施設で講座を受講  できる支援体制をつくる。

A 受講者は、上記講座を学習内容と日時で分類した学習メニュー表(全体メニュー表と各週別メニュー表)を参考に複数選び、受講期間中(平成13年1月22日から2月17日:約4週間)に合計10以上を受講することを目標にする(島根大学の講座は必須講座にする)。 また、受講者は事前に講座受講のオリエンテーションを受け、学習を希望する講座を決め、学習計画を事務局に提出する。

B 各町村の施設では、カレッジ受講者30名を募集し、上記期間中に放送されるオープンカレッジの講座等を受信し、受講者の視聴に供する。また、同事業の終了時に、各施設ごとに調査を実施する。

今年度は、こうした新しい方法を試みたため、受講者に対する講座実施前のオリエンテーションには、島根コミュニティ・カレッジの全体的な説明だけでなく、これから始まる学習を円滑にすすめることができるように力を入れた。そこで重点をおいたのは、「この島根コミュニティ・カレッジが、定められた講座プログラムに従って受講していく従来型の講座とは異なり、自分で学習する内容や講義を決めていく学習メニュー方式を取り入れた新しいタイプの大学公開講座」という点である。さらに、自分で学びたい講座を選択し、自らの計画にそって学習をすすめていくため、学習講座の組み合わせは自由であり、一人一人、自分にあった学習プランがつくれることも強調した。そうした、学習者の主体性を尊重した、いわば「オーダーメイド型の学習」の具体的なすすめ方については、オリエンテーションでの説明に加えて、以下のような「学習の手引き」を各自に配布した『学びのアルバム』のなかで提示し、彼らの主体的な学習を支援することができるように努めた。





























 

〈地域で学べる島根コミュニティ・カレッジ〉

学習の手引き

(ここから学習の手引きの一太郎ファイルがダウンロードできます。)

〜学びの主人公は,あなたです〜

〔学習のすすめ方〕

@あなたが学習したい内容を「学習メニュー表」を参考に選びます。そのために,最初にまず,学習メニュー全体表を見て,内容と日時,大学名を確認し,その後,各週別学習メニュー表で内容の詳細を確認し,受講する講義を選びます。

A「学習メニュー表」の中から,あなたが学びたい講座を10以上決めて下さい。なお,島根大学の講座は必修講座となっておりますので,必ず,受講してください。従って,島根大学の講座以外に少なくとも7つの講座を選んで下さい。

Bあなたが学びたい講座を10以上決めたなら,「学びのプラン」に記入して,会場の担当者に提出してください。また,一番下のわくに,今回講座を受講するにあたり,自分なりの簡単な「学習の目標」も記入してください。

Cカレッジ開講中は,「学びのプラン」にしたがって,講座を受講していきます。また,添付の「学びノート」を講義ノートがわりに活用してください。なお,「学びノート」は,後から提出する必要はありません。これを作成しておけば,自分の学習の軌跡をいつでも確認することができます。

D自分の学習活動が終了した際に,「学びのふりかえり」を記入してもらいます。このことで,自分の学習活動をふりかえり,次の「学習活動の目当て」とします。

 

この「学習の手引き」からもわかるように、「学びのプラン」の作成をはじめとして、「学びノート」や「学びのふりかえり」と受講者が約4週間にわたる学習活動に主体的に参加できるよう工夫している。わけても、「学びのふりかえり」への記入は、自分で選択・計画し、実施した学習活動への自己省察の機会となるうえ、さらなる学習活動への橋渡しの意味からも重要である。
また、学習支援コーディネーターの導入も受講者に対する学習支援の点から特筆できる。これは、島根大学の公開講座「たたら製鉄と出雲の地域文化」の第1回目と2回目の放送後、各実施町村で、学習内容に関する話し合いや討論の時間をもち、学習支援コーディネーターを中心にしてすすめていこうとするものである。学習支援コーディネーターについては、各町村に人選を依頼した。具体的には、町文化財審議委員会の委員の方等に協力をえた。こうした試みは、放送による遠隔教育で陥りやすい学習の一過性を防ぎ、学習を深化させることからも注目されよう。
学習提供の点からいえば、学習メーニューを豊富にしたことも特徴の一つとしてあげられる。受講者の高度で多様な学習ニーズを満たすために、多彩な内容の講座を学習メニューに取り入れた。とりわけ、エル・ネット オープンカレッジの生放送だけでなく、ビデオ放送も組み合わせて学習メニュー表を充実させている。受講者の側には、実施期間内で受講できる大学名と日時を用紙1枚にまとめた「全体メニュー表」と具体的なテーマ名や講師名を紹介した「各週別メニュー表」を配布し、受講者が選択しやすいように心がけた。
質疑応答については、前述のとおりであるが、今年度の質問コーナーでは、とくにカメラ付きの携帯電話の利用を試みた。講師との質疑応答の際に、許可を得て顔写真を画像に取りこみ放送することによって、遠隔地の会場でも講座の臨場感を出し、受講者の学習への参加意識や講座の一体感を醸し出せるように配慮した。


3)事業の成果 以上のような仕組みと特徴をもつ島根コミュニティ・カレッジの募集を実施町村に協力していただいたところ、受講者は、最終的に119名(石見町37名、西郷町16名、頓原町26名、匹見町23名、島根大学17名)となった。彼らの作成した「学びのプラン」によって講座選択の状況をみてみると、次頁の表にまとめることができる。表によると、受講者が実に多様な講座選択をしていることがわかる。ここから、高等教育段階での学習機会の少ない島根県、とりわけ実施町村のような離島や中山間地で、これだけ多様な大学公開講座を受講できたという意味は大きい。また、受講者の多様な学習選択からは、彼らの高等教育機会に対する学習ニーズの高さがうかがわれる。
さらに、同じ講座を選択した者同士が、視聴後、講座内容等について語ったりする光景がみられた。とくに、島根大学会場では、ある種のサロンのような雰囲気を持ち、話に花が咲き、そのまま自分が選択していない講座まで、受講してしまうことがしばしばであった。こうしたことから、遠隔教育における学習集団のもつ教育力の重要性を再確認させられた。
しかし、現実には、すべての受講者が表の講座選択どおり、学習できたわけではなかろう。実際の受講者数については、まだ詳細な数字を把握していないものの、自然条件など様々な理由から少なくなることが予想される。そうした状況のなかで、実施町村では独自に、録画ビデオを貸し出したり、日時をあらためてビデオ放送するなど、柔軟に対応したことが報告されており、学習支援の点からも成果をあげているのではないかと思う。
次に、学習者の視点からの講座を目指しているため、本来なら学習者の意見を把握し、そこから成果を報告したいところではあるが、現時点では受講者に対するアンケートが完了していない(調査結果については、後日あらためてご報告したい)。そこで、担当者に対して実施した簡易なアンケート調査をもとに、事業の成果をみてみたい。以下がその意見の一部である。































 

(事業の成果についての担当者の意見)

・多様な講座の中から、自由に選択できることは、好評であった。
・受講生が自らの思いで、受講に前向きになっておられたので、自分のための学習の機会として、位置づけられたと感じます。
・離島にあって、学習できることに喜びが感じられたと思います。
・今回の島根コミュニティ・カレッジにより、「エル・ネット オープンカレッジ」が周知された効果は大きい。町内5館で学習できることも知れ渡ったので、今後の活動に期待がもてる。
・学習支援コーディネーターとして、町文化財審議委員会の委員をお願いしたが、事前の準備不足のためか、事後の話し合いの盛り上がりを欠いた。今後は今回放送のビデオを活用して、「たたら」の学習を深めたいという意見がありました。
・さまざまな分野がメニューに取り入れられていたので、受講者の好みに合わせて受講することができた。そのため、意欲的に取り組めたように思われる。
・受講者それぞれが普段の生活の中で興味を持っていることについて、通常なら全国各地に散在している大学の講義を、自宅近くの公民館で勉強することができるという点は大変喜ばれた。
・専門用語を理解するのは大変なため、学習支援コーディネーターに入ってもらうと、精神的にも楽になるという感想があった。
・毎日のように熱心に受講された方が2名ありました(1名は全日程全講座の約90%、もう1名が約50%を受講)。感想をお聞きしたところ「学ぶことの楽しさを再発見した」とおっしゃっていました。
・「学びのプラン(選択講座)」で選択されなかった方から、後日ビデオテープで受講したいという希望が数件あり、貸し出しを行いました。
・「学習したいが、家庭内では日常生活に流され時間が持てない。今回のように時間割が設定されていると、予定を立てて受講することができ良かった。」
・当地は地理的に都市部の各種学習機関の利用が難しい地域です。他のメディア(テレビ等)でも、多種多様な学習プログラムが提供されていますが、上記の感想にもあるように、複数の方と一緒に、多くの講座の中から、近場で、学習できるメリットは大きいと思います。
・学習メニュー方式は生涯学習の基本をおさえたもので納得します。
 

 担当者の意見をみると、受講者が自らの意思で学習講座を選べるということは予想以上に、好評を博したようだ。そのことから、「学習できることの喜びを感じられた」、「学ぶことの楽しさを再発見した」、などにつながったのではないかと思う。加えて、「自分のための学習機会として位置づけられた」という感想から、自己選択したことによって、自分の学習に責任をもち、約4週間にわたる学習活動の励みになった受講者の様子がうかがえる。
こうした成果から、学習者の主体性を重視した学習メニュー方式については、エル・ネット オープンカレッジによる大学公開講座のあり方の一つとして、大きな可能性をもつことが示せたように思われる。
 


4)今後の課題
今後の課題についても、同様に担当者の意見を参考に検討していきたい。彼らの意見は以下のようにまとめられる。


























 

(今後の課題についての担当者の意見)

・講座内容に関する質疑の取扱いが、簡易にできる方法の構築が必要。
・講習テキストとの事前配布が必要。
・実生活に役立つ分野の充実を求めたい。
・学生ではない、一般の地域の人を引きつける講座スタイル(楽しいもの、わかりやすいもの)。
・一日あたりの講座数を少なくして、期間を長くして欲しい。
・カメラ撮りのアングルに注意を払って欲しい。
・「学びのプラン」作成時において、学習メニューについての内容理解が不十分であったため、一部に自分の意図した内容と異なった内容であったという者もいた。
・短期間にたくさんの講義を聴くことができたが、社会人にとって、一日の内に受講時間を多くつくることは難しい。ビデオ収録したものを活用した方が参加者の増加が望めるのではないか。 ただ、生放送時に直に質問できると、興味が一層高まって、講義会場に対して身近に感じられるため、夜が難しければ、土曜、日曜に講義を開いてもらえないかという声も聞かれた。
・講義数が多いことは受講者の選択肢が増えて良いが、その分、たくさんの中から選択を簡単に するために、時間割だけでなく、分野別の講義表があればと思う。内容についても、もう少し前もって分かる資料が欲しい。
・今回の携帯電話より、前回のテレビ付電話の方が使い勝手が良いように思いました。
・講座の難易度(レベル?)が事前に把握できれば。
・受講者のニーズが反映された講座開設もあっても良いと思います。
・「学びのアルバム」は学習を進める上で、大変役に立ちましたが、テキストにも記入できるものもあり、その辺の調整がいると思います。
・10講座以上を履修するのは少々無理ではないかと思います。5〜10程度か。
・全体の進行(企画、伝達、配送など)が少々遅れがちで、あわただしい気分がしました。
 

このような担当者からの意見をみてみると、学習メニュー方式そのものの是非を問うものではなく、具体的な学習提供・支援のあり方についての改善を求めていることがわかる。この結果からも、実験的な要素を含んだ学習メニュー方式の導入は、ある程度の評価を得たものと解される。しかし、意見にもあるように、全体の進行が遅れがちであったことは否めない。今後の反省点として、円滑な進行を目指していきたい。
担当者からの課題は、一つ一つ検討していく必要があるが、ここでは、とくに今後学習メニュー方式を継続していく上での課題・問題点をまとめてみたい。
まず、受講者がわかりやすく、選択しやすい学習メニュー表の作成が求められる。そのためには、意見にもあげられたように、前もって、もう少し講座内容が把握できる資料が必要となる。あわせて、学習内容のレベルも、たとえば著作権レベルのように、A:大学一般教養レベル、B:大学専門教育レベル、などというようにあらかじめ明記してもらえると助かる。
次に、対象者をより理解した学習支援のあり方を検討していくことも重要である。そのためには、まず受講者アンケートの調査結果を分析し、彼らがこの講座になにを期待しているのかを把握することが肝要となる。それをもとにして、成人学習者のために有効な学習支援方策を講じていかなければならない。
最後に、ビデオ放送とその貸し出しについて指摘しておきたい。前述したように、それぞれの実施町村では、録画ビデオの貸し出しを中心にした学習支援の取り組みがみられた。確かに、この学習支援は、とりわけ、学習メニュー方式においては有効であり、評価できるものであるが、一面で問題も胚胎している。それは、ビデオの貸し出しという家庭における個人視聴に重点をおけば、エル・ネット オープンカレッジのもつ社会教育施設等での集団視聴の特色が薄れていくという問題である。実際、集団視聴のもつ教育効果については、今回の試みで再確認させられた。この「家庭での個人視聴」と「社会教育施設等での集団視聴」の問題は、エル・ネット オープンカレッジ事業のあり方にも影響を与えると考えられるため、引き続き検討課題としていきたい。


(ここから学習の手引きの一太郎ファイルがダウンロードできます。)

(島根大学講師 熊谷愼之輔)